人生の意味を探して
故郷で夢の種を植える

「魯瓦」(Ljuwa、ルワ)部落の吳正忠は、今では、ネットフレンドに「紅藜(キヌア)さん」と呼ばれ、親しまれています。子供のころから、頑固な性格だった彼は、高校の時に人と衝突して退学になり、転校して汽修科(自動車修理学科)に入りました。高校卒業後から兵役に服するまでの間は、アルバイト三昧で70万もの貯金をしました。20歲に退役してからは、友人らと台東・綠島で共同で民宿を開きましたが、うまく行かず、従業員の給料を支払うために自らがアルバイトしなければならず、経営困難な状況が続き、民宿は閉店せざるを得ませんでした。

22歳の時には、家族の反対を押し切り、故郷の部落で山蘇(シダ植物)を植え始めました。しかし、なかなか儲けが出なかっただけでなく、翌年には八八水害に遭い、事業は失敗に終わってしまいました。

資源を探す行動力
動かざる者こそ、負け組だ

部落の問題を改善したいという想いが、彼を動かしました。年長者は、国の手当などに頼っていて、夏休みにもなると子供達のご飯などのお金でお金が足りなくなっているのが現状でした。あるとき、米の募集をしたところ、このイベントがインターネット上で注目を集め、部落に50トンもの米が集まりました。しかし、集まった米の量が多すぎ、逆に負担になってしまいました。彼は、当時を振り返り「部落の問題を解決しようと思っていたのですが、方法が間違っていました。」と話しています。しかし、彼は、台湾社会が充分に親切であること、そして、資源が豊富であることに気づき、運用と探し方さえ分かれば良いということにも気がつきました。彼は、「あのとき、悲劇の主人公にならないこと、人々に同情を求めないこと、可哀想だと思って助けてもらわないこと、人々にそうやって思わせてはいけないと学びました。」と話してくれました。

吳正忠は、よく山にいるときはGoogleで色々な資料を探していると話していました。あるとき、7歳のころ紅藜と撮った写真を見て、紅藜(キヌア)の関連資料を探し始めたところ、紅藜(キヌア)がとても価値ある作物であるだけでなく、宇宙飛行士を支えるビタミン食材であることを知りました。

執行力で夢と連動
アメリカ・ピッツバーグ国際発明展で金メダルを獲得

2013年、彼は土地を借りて紅藜(キヌア)を植えることに決めました。一年目は、曲がりくねった作物に育ってしまい、収穫できるような状態ではありませんでした。しかし、二年目には、田植え時期に種を植え、綺麗な紅藜(キヌア)を育てることに成功しました。紅藜(キヌア)の販売量は年々増え続け、現在では、鉄花村から台湾全国にまで広がっています。事業に成功した彼は、台湾各地で紅藜(キヌア)の宣伝を行い、また、国際青年創業フォーラムでも「越在地,越國際(土地を跨ぎ、世界を跨ぐ)」をテーマに講演を行いました。

彼の夢を追いかけるために必要な執行力は、少しずつ台湾の青年に影響をもたらすようになりました。関連組織と紅藜(キヌア)商品のコラボ研究を行い、故郷特有の作物の価値を世界に知らしめ、様々な大会で9つの金メダルを獲得しています。なかでも、アメリカ・ピッツバーグ国際発明展では、金メダルと特別賞を受賞しています。彼は、部落の青年が台湾農業と部落に新しい紅色の生命力をそそぎ入れることを期待し、彼らが紅藜(キヌア)事業に参入することを激励しています。

吳正忠、32歳。彼は、今も、変わらない想いを持ち続けて、広い世界を夢見ている。

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